YU-NO 神奈編後日談「剣ノ岬探索編」



なんとも心地よい朝だなぁ‥。
平和とはこういうものか‥‥、などとベッドの中でボーっとしていると‥‥‥。

「有馬さん、まだ寝てるのですか、朝食が整いましたよ」

‥神奈ちゃんの声だ。
そうか、昨夜は遅くまで勉強して‥。
‥え?ガラにもないって?
まあ確かに真面目にこつこつ勉強するのは、本来俺の性には合わないかもしれない。
でもあの一件以来、俺も自分の生き方について一から考え直したのさ。
オヤジは相変わらず行方知れずだし、今はこうして波多乃神奈という女性と同棲している。
神奈ちゃんはとても不思議な女の子で、初対面の頃は正直近寄りがたい雰囲気もあったけど、ミステリアスな中にどこか懐かしさのような感覚が離れないんだ‥。
外見は俺と同じくらいの年齢に見えるが、実際はかなり年上らしい。でもはっきりとした年齢は教えてくれないが‥(苦笑。
それでいて、この境町から離れられない体質。
この体質の謎については神奈ちゃん本人にも部分的にしか解らないそうだ。
オヤジなら知っているかもしれないが、相変わらず姿を現さない。
しかし絶対どこかにいるはずだ。そう断言できる。
考古学を極め、この境町の謎を解き明かし、そのオヤジの後を追う。
オヤジが失踪するまでは考えもしなかったこの生き方だが、今はほとんど迷いはない。
何よりも神奈ちゃんと一緒ならやり遂げられるような気がするんだ。

「心地よい朝に美人の女性、そしておいしい朝食。いや〜俺って果報者かなぁ」
「もう、有馬さん大げさですよ。このくらい女性として‥‥」
「その古風なところもまた良し。大和撫子ってやつかな?」
「私は昔の女性ですから‥」
「昔ってどれくらい?」
「もう、そのことは訊かないでください。仮にも考古学者を目指す人なら、ご自分で推測なさってみては‥?(苦笑」
「‥まあいいか。ところでもう同棲して何ヶ月も経つし、俺のことは呼び捨てでいいよ」
「じゃあ有馬さんも私のことを神奈って呼んで下さいね」
「たくや」
「はい、たく‥や」
「うん、神奈、よくできました」
「たくや‥、私のことからかってるでしょ」
「あれ、バレた?」
「年上の女性をからかうものじゃありません!」
「‥実年齢について一言」
「さぁて、それじゃ私は仕事に行く準備をしますから‥」
「うん、じゃあ後片付けは俺がやっとくよ。なんといっても現在は神奈が稼ぎ頭、俺はヒモみたいなものだもんな」
「そのことはあまり気にしないで。私も広大さんから世話になりましたし、好きでたくやと私自身のために働いているんですから」
「はい」

‥とまあこういう感じ。
このシチュエーションって、多くの男性の憧れるところかもしれない(笑。
神奈は思いのほか人生経験が豊かで器量もよく、仕事の方もそつなくこなしているらしい。
黒髪のロングストレートで美人とくれば悪い虫が着かないか心配だけど‥。
亜由美さんや澪のような女性もいいけど、やっぱり神奈が一番。


今日は久々に剣ノ岬へ行ってみることにした。
これもまた勉強の一貫。
結局今に至るまで、龍蔵寺に拳銃を突きつけられたあの晩に剣ノ岬に現れた金髪の謎の女性についての手がかりは掴めないでいる。
もちろん神奈に訊いてみても分からないという。ただ『広大さんなら知っているかも‥』と‥。彼女は何者なのか‥。
広大が誰かって?‥俺のオヤジのことさ。異端の考古学者。学会を追放され、一時龍蔵寺の経営する学校の客員教授となっていたようだが、その後行方をくらまして一年以上‥。
そのオヤジから送られてきたリフレクター・デバイスと宝玉の力で随分と色々なことが解ってきてはいるが、結局は核心に触れるようなところまでは届いていない‥。
だが俺は何度も知覚した。この世には数多くの世界が並列していることに‥。
超念石で神奈を救ってから、リフレクター・デバイスの発動はさせていない。
あれを発動させるということは、今ある生活を捨てることになる。
当然今同棲している神奈とも別れることになるだろう。
転移した先の世界にも神奈がいたとしても、それは今同棲している神奈とは微妙に異なる。
無数にある並列世界の中にあって、再び現在の神奈の元に戻ってくるのは不可能ではないにしてもきわめて難しい。
しかし、いずれこの世界の謎を解き明かすためには再びリフレクター・デバイスを発動させて旅立たなくてはならないかもしれない。オヤジのように‥。
‥まあ少なくても当分は発動させる気はない。そもそもまだまだ研究しなければならない課題も多いんだ。

神奈を救った夜からしばらく後に、亜由美さんの勤め先だったジオ・テクニクス社の海岸工事は中止され、バリバリスーツの豊富も不正がバレて解雇。
おかげで心置きなく剣ノ岬、いわゆる三角山の探索を行えるというものだ。
この三角山には神奈も時々訪れている。
前に神奈に見せてもらった古い写真には、三角山ふもとの岩が三つ並んでいた。
現在は二つだが、この岩の辺りにあの謎の金髪女性が倒れていたんだよな。
そしてすぐにフッと消えてしまった。
彼女も他の並列世界の住人か何かだったのだろうか‥。
しかし‥‥。

そう思ったとき、なにやら違和感を感じた。
そう、以前来たときにはなかった穴が三角山に開いていたのだ。
何だこの穴は‥?
しかし中は真っ暗だ‥。この先に何が‥。
考古学者を目指す男の血が騒ぐ!
しかし何の準備もなしにいきなり入るのも危険。
とりあえずマンションに戻って対策を考えよう。

マンションに戻ってしばらく考えていると神奈が仕事から帰ってきた。

「ただいま‥。あら、くすっ‥何物思いにふけっているんですか?」

神奈の笑顔もまた可愛い‥などと考えつつも神奈に事情を話してみた。

「三角山のふもとに穴が‥。そうですか‥、とうとうその時が来たのですね」
「神奈、あの穴のことを知っていたのか?」
「はい‥。母からあの三角山は自分の故郷と境町を繋ぐ接点だと‥。そしてリフレクター・デバイスの力の‥‥」
「神奈、君がどこまで三角山について知っているのか、そういえばあまり詳しく訊いたことがなかった‥。教えてくれないかい?」
「はい。でもあの穴の先は知識がなければ危険な場所です。いくつもの罠が待ちうけ、そして太古の亡骸‥。でも実際にご自分の目で確かめた方がいいと思います」
「うん、そうだよなぁ。机上であれこれ考えるよりも実地で体験する方が俺の性にも合うし‥。それにあの穴の先に以前話した謎の金髪女性の正体や境町の謎を解く鍵があるように思えてならないんだ」
「そうですね。でもあの穴が自然に開くなんて、私の知る範囲では数十年ぶりです。私も昔母に連れられて一度だけ入ったことがあります。分かりました、私もお供します」
「神奈も‥?」
「はい、一人で行くよりも、一度入ったことのある私と一緒の方が心強いでしょう?」
「‥そうか、じゃあ二人で行ってみようか」
「はい」
「あ、でも仕事は‥?」
「明日は休みだから大丈夫ですよ」
「そうか、じゃあ安心だな」
「ええ‥。ところで今晩のおかずは何がいいですか?」
「またコロッケが食べたい、なんて‥」
「はい、いいですよ(笑」
「いや本当に神奈は良妻賢母だよ」
「まだ私たち結婚してませんけど‥(苦笑」

翌日

「よかった、まだ穴は開いたままだ」
「あの時と同じ‥‥」

神奈の言う『あの時』がいつのことかは俺には分からないが、神奈の亡き母親との思い出の一つには違いないのだろう。

「まだ誰もこの穴に気づいていないようだ」
「何だか少し胸騒ぎがします‥」
「ここで待ってる?」
「いえ、私も行きます。もう離れ離れになるのはイヤなんです!」
「神奈‥」

う〜ん、健気な女性だ‥。

「じゃあ行こうか」
「はい」

洞窟はだいぶ深く、やや下降しているようだった。
懐中電灯に灯りをつけて、神奈と二人で進んでいく‥。

「足元が滑りやすいから気をつけて下さい」
「うん。 さすが海岸付近にあるためか、ジメジメしているな。しかしそれにしてもこの洞窟、人為的に掘られたものかどうか」
「‥いったい誰がこのような洞窟を掘ったのか、私にも分かりません。ですがこの境町にとっても重要な場所だと聞いています‥」

「この洞窟の存在を知る人は、境町にもほとんどいないはずです。私の知る限り母と広大さんくらいだったと思います」
「やはりオヤジも知っていたのか」
「はい、広大さんはこの三角山の下に重大な秘密があることを推論で確信されていました。たださっきの入り口は通常人の力では開くことができず、広大さんは別の場所から‥」
「‥ん? 神奈。何かあるぞ」

しばらく進んでいくと、壁にボタンがあるのに気づいた。

「このボタンは‥?」
「えっと、このスイッチはですね‥」
「押してみようか」
「えっ、ちょっとたくや‥」

ポチッ

「たくや‥(汗」
「何事もまず挑戦あるのみさ」
「もう‥たくやったら‥。もし罠だったらどうするんですか? このスイッチは先にある格子状の扉を開けるきっかけの一つです。でも私の案内は考古学者を目指すたくやにはネタバレになるでしょうか‥?」
「いや、危険な罠はなるべく回避したい。そういう意味では神奈の案内は非常にありがたいよ(笑」
「‥‥‥でしたら、不用意にボタンに触れたりしないで下さいね」
「うん、今後気をつけよう。さて、先に進んでみようか」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

それから少し進むと、今度は道が二つに分かれていた。

「どっちだろうか‥」
「確か右だった思います」
「そうか」
「‥それにわずかな空気の流れが右の道から伝わってきます。左からはほとんどありませんが‥」
「さすが神奈だ。もしかして俺よりも探検家向きなんじゃないか?」
「くすっ。面白い人ですね、たくやは‥」
「まあここは神奈の記憶と第六感を信じよう」

再び道が二つに。

「結構複雑だな。一人だったら心細かったかも(苦笑」
「それは私もです」
「でもこうなるとますます好奇心が湧いてくるな」
「今度は左の道です」
「分かった」

しばらく進むと頑丈そうな格子状の扉が進む先を塞いでいた。

「これは‥!この先へは進めないのか‥」
「待って、たくや、あれを見て下さい」

神奈がそう言うと同時に、格子状の扉がいきなり開いていった。

「どうなってるんだ‥」
「この洞窟には状況によって罠の種類も微妙に変わることがあるそうです」
「なるほど、さっき俺が押したボタン。あの後俺たちがこの扉に近づいたことにより扉が自動的に開いたと‥」
「とりあえず行ってみようか」
「はい」

またしばらく進むと、今度は何もない密閉された部屋にたどり着いた。

「今度は何なんだ‥?」
「たくや、何か落ちてますよ」
「えっ‥ あっ!剣か‥?」
「剣‥ですね‥‥」
「西洋風の剣だけど、意外に軽いな」
「どうします‥?」
「とりあえず持ってってみようか」

さらに先に進むと‥、いきなり懐中電灯の灯りが切れてしまった。

「きゃっ」
「神奈、大丈夫か!?」
「はい、心配しないで。私は大丈夫です。たくやは?」
「うん、大丈夫。何とか手探りで‥」
「足元に気をつけて下さい‥」

しばらく歩くと真っ暗な部屋に行き着いた。

ゴト‥
何かのスイッチを踏んだようだ。

「あっ、踏んでしまいましたね。これから徐々に明るくなります。しかしたくや、気をつけて下さいね‥」
「えっ?いったい何が‥‥」

少しずつ室内が明るく‥。

「!!!?」

あまり広くない部屋の中に、槍のようなもので突き刺されたガイコツが二体。
ゆらゆらと頼りなげに燈る火。
それに部屋の中心には石棺のようなものが‥。

「ここは遥か太古より存在する玄室‥。私が来たことあるのはここまでです」
「なぜこんなものが三角山の地下にあるのかさっぱりだ‥」
「この二体のガイコツも、どうしてこんなところにいるのか、母には答えてもらえませんでした。何か知っているようでしたが、思い出したくない素振りで‥」
「う〜ん、‥はっ‥!神奈、このガイコツの腕のところの壁に何か文字のようなものが見えないか‥?」
「本当、文字に見えますね‥。でもこの文字どこかで‥」
「見覚えがあるのかい?」
「はい、確か‥‥そう、昔母が故郷の世界の文字の意味を日本語訳としてまとめていたことがありました。こんなこともあるかと思って、その記録した手帳を持ち歩いて正解でしたね」
「‥神奈、用意がいいね(爆」
「はい(笑」

「コホン、えー‥、この母の形見の手帳によりますと‥‥、ここに書いてある文字は、『へ‥‥たい‥‥、デ‥ブ‥しょ‥‥ちょ‥、逝って‥‥よ‥し‥?』
「‥は?」
「続きがあります。『し‥ん‥‥ていの‥‥巫女‥‥棺‥‥』‥」
「‥う〜む、ますます訳分からん。へたいデブって何だ?」
「さ‥さぁ(汗」
「兵隊‥、変態‥そうか!変態デブだ! そしてしょちょは‥、象徴‥、ショタ調‥、所長‥なるほど、読めたぞ! つまりこれは『変態デブ所長逝ってよし』だ‥!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「変態デブってどういうことでしょうか‥?」
「おそらく相当の嫌われ者だろう。いつの時代にもどこの世界にも嫌なヤツはいるものさ。俺はそんなヤツとは対面したくないがね」
「はぁ‥これだけの文面でそこまで推測できるなんて、さすが広大さんの血を引いているだけありますね」
「‥‥もしかして呆れた?」
「‥少し(苦笑」

「さ‥さて次は‥と、しんてい‥、進呈‥、心底‥、神帝‥? 巫女棺‥。これは微妙だな。後ろの文字は巫女の棺と読めそうだが、『しんてい』という言葉がよく分からん」
「『巫女の棺』とはどういうことでしょうね?」
「さてね‥。オヤジの400年周期の仮説が正しいとして、かなり古い時代のもの。それに玄室となれば造られたのは1600年前の西暦400年頃が妥当か‥。しかしその時代に『巫女の棺』なんてものが‥」
「西暦400年頃というと、古墳時代ですね」
「ああ‥。確か記録にある日本最古と思われる巫女は西暦200年代の卑弥呼だが、それと関係あるとも思えないんだよなぁ‥。当時の日本にこんな岩盤をくり貫いて玄室を造る技術があったとも思えない」
「西暦400年頃ではないのでは‥?」
「うん、そうかもしれない。まだまだ俺の頭では‥」
「‥たくや!あ‥あそこに‥」
「うん‥? はっ!あっ‥あれは!?」

神奈が指差した先には、なんと干からびたミイラが横たわっていた。
先の二体のガイコツとは別に、こちらは随分と新しそうだが、よく見れば女性のミイラのようだ。
鋭い錐のようなものに胸を衝かれている凄惨な光景だ‥。

「そんな‥。昔母と来たときにはこのようなミイラは‥」
「神奈、大丈夫かい?」
「はい‥、たくやも‥」
「ああ、正直驚いているよ。ガイコツ二体だけでも衝撃的なのに、それに加えてミイラだもんなぁ‥」
「一体どなたなんでしょうか‥」
「さあ‥。ん? 何か日記のようなものが‥」

ミイラのそばに日記のようなものが置いてあった。
少しめくってみる‥。

「‥‥‥!」
「何か書いてありました?」
「神奈、このミイラは今川教授というらしい。その名はオヤジの論文で見かけたことがある。オヤジと共に研究していた人だ」
「広大さんと‥」
「それによると‥」

日記の内容は大胆なものだった。
この剣ノ岬は人工的なもので、放射能炭素測定で8000年以上昔に造られたというのだ。
以前似たような仮説をオヤジから聞いたことはあったが、改めて考えると大変なことだと思う。
8000年前の日本には文明自体まず存在せず、それなのにその頃からこの玄室が存在していたとは!
そして何気に出口のことも書かれており、日記と共に置いてあった今川教授のハンディコンピューターには重要なヒントも‥。

「神奈、分かったぞ。この石棺だ。この中に先に進む道があると見た」
「この石棺ですか‥?でも‥」
「ああ‥、今は硬く閉ざされている。左に悪魔、右に天使の絵が描かれている奇妙な石棺のふただ」
「この中央の文字盤のようなものが‥もしかして‥」
「恐らくな。この石棺のふたを開けるキーだろう」
「ロジックパズル‥?」
「ご名答。その答えのヒントも今川教授のハンディコンピューターに記録されていたよ」
「それじゃあ‥」

‥まさかこのような形で難関を突破できようとは‥。
神奈と今川教授に助けられたな。
俺一人では立ち往生していたところだったろう。
神奈、そばにいてくれるだけでも何か心強いというか、安心感が持てる本当に不思議な女性だ‥。

石棺のふたが開き、俺と神奈はさらに中へ進んでいく。
また暗い洞窟を進む先には、次第に自然の明るさが満ちていった。
そこは巨大な空間だった。
俺達が想像さえしていなかった地底湖なのだ。

「たくや、湖の中から‥」
「ああ‥、光が満ちている。どういうことなのか‥」
「それに三角山の地下にこんな大きな空間があったんですね」
「かなり広そうだ。数百メートルは優にあるんじゃないか‥?」
「そう‥、それにこの光、どうやら湖の底の方から発光しているみたいですよ」
「確かに‥。しかしどういうことだ。また分からなくなってきた。石が発光するはずが‥」
「でも今まで不可思議な現象がいくつも繰り返されてきたことも確かです。石が発光することも‥?」
「もう何が起こっても驚かない心境だよ(苦笑」
「くすっ、そうですね。それにしてもここにいるととても心が落ち着きます。なぜか‥」
「うん‥?この発光する石‥。どこかで‥」
「‥超念石」
「そうだ、超念石だ!そういえばジオ・テクニクス社の海岸工事も、実は超念石を探すのが目的だったようだし、それがこの三角山の地底湖にあったってわけか‥!」
「私の命の灯‥。この超念石がなければ私は‥‥」
「神奈‥‥」
「でもあの時たくやは私を救ってくれました。この超念石で‥」
「俺はいつか超念石の謎を解き明かし、神奈が超念石なしでも生きていける方法を探し出す。それも俺の目標の一つさ」
「たくや‥」
「もっとも俺はまだ一大学生であり、学者としては駆け出し以下だろうが‥(苦笑」
「私は今のままでも十分に幸せです。母が亡くなってから生きる気力を失う日々が続きましたが、たくやのご両親との出会い、そしてたくやと出会ってからは幸福です」
「そうか、ありがとう‥。さて、そろそろ出口も探さないと‥。いつまでもここにいるわけにもいかないだろう」
「はい‥」

それから数時間出口を探したものの、一向に見つかる気配もない‥。
最後の最後で立ち往生か?
体力的にも随分心もとなくなってきている。

「大丈夫かい、神奈」
「はい、私は‥。たくやは?」
「俺は大丈夫だ。それよりもこれからどうしたものか‥」
「‥? あ‥、あそこに人影が‥‥?」
「えっ、まさか‥。この地底湖で‥?」

また神奈が指差すはるか先には、確かに薄っすらと人影のようなものが見えてきた。
よく見れば、どうやらそれは日本人、いや外国人でもなさそうな金髪のロングヘアーで不思議な感じのする女性だった‥。
以前剣ノ岬で見かけた謎の金髪女性に似ているが少し違う。では誰なのか‥。
いずれにしても見た感じ、水の上に浮かんでいるようにも見え、尋常じゃない。
幽霊‥? まさか。 恐怖や畏怖は感じない。むしろ安らぎというか‥。

「あの人‥。もしかして‥‥」
「‥!? 神奈、知っているのか?」
「いえ、でも‥」
「はっ‥!少しずつ消えていく。待て、待ってくれ!」
「たくや!」
「神奈、追いかけるんだ!」
「はい!」

バシャ バシャ バシャ
無我夢中だった。この地底湖、ひいては三角山全体の秘密に関わる手がかりがあの謎の女性にあると確信したからだ。
神奈も同じ想いらしく、俺と一緒に追いかけて行く。
謎の女性が消えた先に何かがあるものと信じ‥。

どれくらい走っただろうか。
いつのまにか謎の女性は消え、たどり着いた場所には巨大な塔のようなものがそびえ立っていた。
100メートル、いや200メートルはあるだろうか。

「こんな巨大な塔が剣ノ岬の地下に‥、はっ、まさか‥!?」
「ああ‥、恐らく三角山自体がこの塔だったんだ」
「でも8000年も昔にこんな‥」
「機械の稼動音のようなものが聞こえる‥。これは世紀の大発見だな」
「いったい何のためにこの塔は造られたのでしょう‥」
「分からない。ただこれは現代科学の範疇を超えた存在だということだ。それは間違いない」
「もしかしたら母はこのことを知っていたのかもしれません」
「神奈のお母さん‥?」
「はい、以前母がこの三角山にはさらに重大な秘密があると‥。でもそれを安易に探ってはならないと‥。1年前の落雷事故の可能性や地底湖に眠る超念石の存在も知っていたようです」
「なるほど‥。神奈のお母さんって、あの写真の左側の人?」
「はい、少し男勝りなところがありますが、とても優しい人でした」
「そうか‥。その人が今生きていればどれだけ心強かったか‥」
「たくや‥」
「ああ‥、すまない。このことでは神奈の方が‥」
「いいえ、気になさらないで下さい。それよりもこれからどうしましょう」

神奈の指摘の通り、この塔を細部まで調べたいのは山々だが、まずは出口を確認しておきたい。
いつどのような事態が起ころうとも限らないからだ。
塔の周辺を調べていると、隅の方に扉の存在を見つけた。

「この扉の先に出口があるのでしょうか」
「そう信じたいね」

扉を開け、また暗い洞窟を進んでいくと、徐々に明るくなっていく‥。
‥だがそこは行き止まりだった。正確には頑丈そうな格子扉で塞がれているのだった。

「この丸いくぼみに何かをはめるのだろうか」
「コインか何かでしょうか‥」
「さて‥、何かあったかな‥」

実は色々な事態を想定してそれなりに用意はしてきているのだが、何か使えそうなものがあるだろうか?
先に玄室の手前で拾った剣では、この頑丈そうな扉を傷つけることは難しいだろう。
やはりここは別の方法で‥。

「この場所‥。もしかすると私たちの知っている場所かもしれませんね」
「‥、太陽光が直線的に降り注ぐ円形で深い石積みの‥、そうか、井戸か!」
「はい。それもおそらくは‥」
「龍蔵寺家の‥。あれ、でも神奈は来たことあったっけ?」
「くすっ、私はたくやが生まれる前からこの境町に住んでいるんですよ?」
「ああ‥そうだった。で、歳は‥?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「失礼しました(汗」

神奈が何歳だろうと、肉体的な年齢は俺とそう変わらないんだ。何歳だっていいじゃないか。
‥とそう結論付けることにした。

頑丈な扉は神奈が持参したメダルであっさりと開いた。
神奈に歳の功だとうっかり言ってしまったら睨まれてしまった。
でも面と向かってきつい口調で厳しいことを言うわけでもないのが澪と違うところだ。
それでも神奈の気にしていそうな言動は今後慎もうと思う。

今回の冒険一つとっても、やはり神奈はかけがえのないパートナーだということがよく分かった。
井戸の底からは、これも持参したロープを使い、地上に脱することができた。
あの塔の探索はまた後日に行うこととする。
もう日が暮れ始めている。およそ半日近い探索作業だった。
あの三角山の中について、オヤジはどれだけのことを掴んでいたのか。
だが大よその推測はしていたと思う。
そもそもオヤジの行方は相変わらず不明のままだし、また神奈と同棲しつつ勉学に励む日々が続くだろう。
それもまた良し。どのような人生になろうと人それぞれなのだから。
人の数だけ人生や並列世界が存在する。
その根本の謎を解き明かす日が来るとすれば、その時は‥。

(おしまい)


【あとがき】
実のところ、波多乃神奈に関しては謎の部分が多いのです。
あの三角山の洞窟についてどれだけのことを知っているのか‥。
その知識如何によっては、洞窟の探索ストーリーがガラリと変わってしまいます。
洞窟の全てを知り尽くしているなら、たくやを先導してあっさりとゴールにたどり着くでしょう。
しかしそれでは話としていまいちあっさりしすぎている上、どうもRPGを改造コードを用いて攻略したようなもの(苦笑。
かといって、洞窟についてほとんど知らないとなれば、これはこれでYU-NO本編の神奈の行動との矛盾が出てきます。
となれば中途半端ですが、間を採って『ガイコツが眠る玄室まで、過去に神奈の母親のアマンダと共に来たことがある』という自分なりの解釈で筆を進めてみました。
まあPC98版YU-NOのSPディスクの神奈は、全てを知っているようでしたが‥(苦笑。

それよりも、何といってもYU-NOにおいてはダントツに可愛い神奈嬢とのラブラブ生活の一端を書いてみたかったのですよ(爆。
今回書いた「後日談」は、ゲームの神奈エンドの少し後、YU-NOゲーム本編から約1年後という設定です。
神奈はOLとして、主人公のたくやは一大学生として考古学者目指して勉強中です。
そして半ば神奈のヒモ同然に、神奈のマンションで同棲しています(爆。
何か書いていて、とてもたくやが羨ましく思いました(苦笑。
今回『もし神奈と一緒に洞窟の探検ができたら‥』という願望を元に書いたわけですが、もしかすると今後、『もし神奈と一緒にデラグランドへ行ったり事象を遡ったりしたら‥』という願望(妄想)で書くことがあるかもしれません。

あと、細かい部分でゲームとの矛盾があるかもしれませんがご了承ください。

2007年9月13日 エルウィン



戻る

TOPページ

inserted by FC2 system